いきなりですが・・・
あなたは、何故、山に登るのですか?

答えは十人十色で、当然、人によって答えは異なるでしょう。
また、山に登ることの理由が一つではない方も多いのではないでしょうか?
現に私自身もいくつか複数の理由が重なり合って山に登っているのだと思います。
・・・
そういうわけで今回は『私が山に登る理由』について考えた記事となっています。
ふとした瞬間に『なんで登山なんてやってるんだろうとか?』と考えたことがきっかけで、考え出したらキリのない、泥沼の思考に引きずり込まれた気がしてならないですが、思いつくままに書き出してみました。

この記事をご覧いただければ、もしかしたら、あなたの登山を見直すきっかけにもなるかもしれませんよ?
宜しければ、お付き合いくださいませ(*- -)(*_ _)ペコリ
あり過ぎ? 私が山に登る理由のご紹介 15つ♪
健康のため
平日は会社であくせく働き、帰って疲れて眠るだけ…。そんな方も多いのではないでしょうか。

かく言う私もそんな人間の一人でございます…。
多忙な現代人が運動する時間を捻出するのはなかなかハードルが高いのではないかと思います(…というか私自身が思っています。)。
『出社前に一駅だけ歩いて会社に通う。』ということをやっていた時期もあったのですが、よくよく調べていると、歩くだけでは筋力アップはおろか維持することも難しいようですね…。
そういうわけで、休日を利用して負荷のかかる登山という時間の使い方をしている方も多いのかもしれません。
自然を堪能するというだけではなく、筋力維持・・ダイエット・・運動不足の解消を目的としてするのも登山を行う王道な理由なんだと思います。
会社の同僚や上司が階段を少し登ったくらいで息が切れているのをみていると少しだけ優越感を感じることができますしね!
「そこに山があるから」的な理由
今でこそ毎年40座程度の登山をこなしている私ですが・・・
山がそんなに好きか?

・・・と問われると、純粋に『YES』と言えないような気もしています。
行ったら行ったで危険な目に遭うかもしれません。登山に出かけて必ずしも『今日は行って良かった!』という気持ちになるわけでもありません…。なんなら忙しかったり、精神的に辛いと、数か月は山に行く気にならないことも、しばしばです。
なんというか、ここまでくると半分義務感で登山をしているなぁと感じることもあったりします。
自分の人生の中で偶然、登山に出会っただけであって、実はもっとハマる趣味があったかもしれません。
それでも、いまなお、愚直なまでに登山を続けているのは、『行ってみたいと思う山がまだまだたくさんある!』…という理由になるのかもしれません。
偉人の名言を拝借した大袈裟な表現かもしれませんが・・・
『そこに山があるから登山をしているんだ!』

そういう部分もあるのかなと思っています。
明確に言語化ができませんが、目の前に山があって、登れる体力と時間があって、行ったことのない道のフィールドがある。
「じゃあ行ってみるか!」となるのが自分にとっての普通であったりします。とてもシンプルな理由なのかなと。
単純に楽しいから
上で項目で『もしかしたら登山よりも、ハマる趣味があったかも…。』なんて書いておきながら何なんですが、やっぱり登山に出かけると楽しいですし、『行って良かった!』となることの方が多いです。

単純に、登って、写真撮って、下山して、風呂に入って、うまいもん食って、帰ってビール飲んで、疲れ果てて、眠るだけ。
山は「テーマパークで過ごす一日」みたいなものになっていて、そういう楽しさを知っているからこそ辞められないのかもしれません。
正直、山頂から眺める景色についてはマンネリを感じるときもあるのですが、そういうときは下山後に観光を追加してみたり、下山飯にその土地の名物を食してみたりとアレンジのしようはあると思っています。
そうして、登山とそれ以外の計画を空想するのも私にとっては大好きな時間になっています。
自分の限界に挑戦したい
「どこまで歩けるんだろうか?」、「この標高差いけるかな?」、「自分にはちょっと難しいコースかな?」と、自分の身体能力を確かめたい・伸ばしたい、挑戦したい!…という欲求もあるのかなと思っています。

何不自由のない日常の中で登山は良いアクセント加えてくれる存在だと持っています。
もし、登山という趣味がなかったなら、日常の中に埋没してしまって、普段から何にも挑戦しない怠惰な生活を送っていたんだろうなぁと、ふと考えることがあります。
しかし、登山という趣味を続けているおかげで、「あの山に挑戦するんだから、帰宅して少しはトレーニングしないと!」と考えたり、「長期の縦走になるのだから装備や食糧品を見直さないといけないな!」ということを考えるようになります。

何気なく平凡に生きるのは簡単で楽な選択かもしれませんが、こうして適度に自身にハードルを課すことによって、メリハリと達成感を感じる日々を送れているのではないかなぁと感じています。
景色を見たい
雲海、星空、ご来光、紅葉、樹氷、花畑、森林限界に夕日が稜線に沈んでいく瞬間などなど…「ここでしか見られないもの」を見たくて登る人は多いはず。

当然、私もそういう景色に惚れた部分があって、それがきっかけで登山を始めた人間の一人です。もしかしたら、こちらの理由は言うまでも無いものだったかもしれませんね…。
普段の生活圏では見ることのできない非日常の景色を眺めるために登っている!
そんな方が多いのではないかと感じています。
そして、そんな景色を友人であったり、恋人であったり、パートナーであったりと一緒に眺めて感動を共有する行為は、きっと人生の中で忘れられない瞬間になるんだろうなぁと感じています。
…まぁ、最近のわたしは単独行ばかりなんですけどね。

季節を全身で感じたい
春の芽吹き、夏の濃い緑、秋の色づき、冬の静けさを、いつもの街ではなく山の中のリズムで味わいたい!

そういうふうに感じたことってないでしょうか?
これは特に都市部で生活する方からするとわかってもらえると思うのですが、無機質でコンクリートジャングルな街中では季節の変化を感じにくくなっています。

暑くなった。寒くなったというのは体感で感じられるものではありますが、季節の花々の開花状況や新緑の移り変わり、紅葉の進み具合なんかは山で実際に見て触れてみることで、季節の移り変わりを実感できるものだと思うのです。
せっかく四季のある日本という国に生まれたのですから全身で四季の移り変わりを味あわないと損だと感じてしまうのです。
静けさに浸りたい(一人になりたい時がある)
車の音も、広告も、通知もない世界で、静寂を感じたい。そう感じることが多くなりました。

普段、私はサラリーマンをしているのですが、年を重ねるにつれて職責も大きくなり、部下も抱えるようになってしまいました…。毎週、毎週、職場では悪戦苦闘の連続です。
上司からのプレッシャーに押しつぶされそうになり、部下との人間関係にも思い悩む日々を送っているのですが、そうした日常の中で、誰にも会わずに静かに過ごしたいとふっと気づく場面があるんですよね…。
電話もない、通知もない、誰から指図されることもないような場所で、少しだけ自分を休ませていないと、いつか自分が持たなくなるような気がしています。
別に自宅に引きこもっていれば良いのでは?…という意見もありそうですが、それはそれでもったいなく感じてしまうのが自分の性なので、暇を見つけては登山に出かけてしまうんですよね。
自分が頑張っている証拠が欲しい(自己肯定感)
頂上に立って、下を見下ろしたときの「ああ、ここまで来たんだ」という感覚。

普段、成果が見えにくい仕事をしている人ほど、山の「ゴールが目に見える」感じに救われたりするのではないでしょうか?
「自分でもやれた」という体験を重ねることで、自分を少し好きになれたり、自信を回復できたりするのだと思います。
また、日常の努力は目に見えないけど、山は”登った・この山行った・このコースを制覇した”という分かりやすい“証拠”を残してくれるので、自分の実績や成長を感じられるものと感じています。
もしかしたら、こういう感覚も登山を好きで続けていられる理由の一つなのかなと思い、理由として挙げさせていただました。
誰かに認められたい・褒められたい(承認欲求)
正直に申し上げますが・・・
『すごいね』、『あの山登ったの?』、『そんなにたくさん山に登ってるんだ!』
・・・と言われることを、心のどこかで期待していることがあります(SNSも含め)

ただ、如何せん、職場や周辺の人間はそもそも登山に興味を持っていない人間がほとんどなので、そのような言葉をかけられることは皆無であり、こうして、必然的にSNSへの投稿へと走っているのだと自己分析をしています…。
では、なぜ山に登るのか?SNSに投稿するのか?と聞かれると、やはり私の心のどこかに承認欲求があるのだということを認めざるを得ないのかなという結論に達しました。
大きなウェイトを占めているわけではないと思っているのですが、こういう俗っぽい理由もあっても良いのかなぁと思い、この場で正直に記載を行った次第です(*- -)(*_ _)ペコリ
写真・創作活動のため、SNSへ投稿するため
これは上記の承認欲求の理由とかなり似通っている部分もあるのですが、クリエイティブな自分でありたいという願望から来るものだと思っています。

映える写真を撮りたい、山の記録を発信したいというモチベーションも今はかなり大きいです。それらは結局、何に帰結するかというとSNSへの投稿、最終的には本を出版したいという夢があったりもするので、その前段階として活動しているというイメージです。
私のように創作活動の一環として山に行く。そんな理由で山に登る人も一定数はいるのではないでしょうか?
現実逃避したい
皆様には、仕事や人間関係で頭がいっぱいになって、『とにかく頭のごみくずを一回きれいにクリアにしたい!』と感じるときはないでしょうか?

私は毎週感じています。
迫るの納期、上がらない成果、うまく動いてくれない部下の指導に無茶ぶりばかりの上司など…挙げだしたらキリがありません。
実際、悩み事が多すぎて、日常生活でも目の前の物事に集中できていないな…と感じることがよくあります。
しかし、山にさえ行けば強制的に「いま、この一歩」に集中させてくれます。いや、しなければなりません。

心臓破りのような辛い急登、岩の突き出した急峻な岩場、足を滑らせると崖下に真っ逆さまになるトラバース・・・そのような状況では、すべての悩み事から解放されて、目の前のこの一瞬に集中せざるを得ない状況なのです。
そして登り切った後は、知らぬあいだに頭の中が整理され、山を下りる頃には悩み事なんて『そんな深刻に考えることじゃないよなぁ。』と感じることもしばしばで、こういう瞬間に山に登って良かったと感じます。
きっと、こういう瞬間があるから登山はやめられないんだろうなぁと感じています。
スマホや情報から距離を取りたい
いわゆるデジタルデトックスというやつですね。

大自然の中では強制的に電波も通じなくなるので、たまにはスマホから解放されて開放的になるのも良いもんです。
これは自分だけかもしれませんが、快適なはずの自宅でも、気付いたらテレビやyoutuebeを垂れ流してしまっており、漫然と情報を受け取るだけで、乾いた表情で画面を眺めている時間が増えたような気がするんですよね…。

ハッキリ言って、こんな生活をしていると本気で自分の心の中で何かが壊れてしまっているような気がしていて、恐怖を感じることさえあります。
また、通知が鳴るたびに、ほとんど無意識にスマホに手を伸ばしてしまっていると、本当に自分は大丈夫か?と感じてしまうこともあるんですよね…。
登山に出ることがデトックスになっているのかは、正直、わかりかねるところはあるのですが、月に何度かは登山に出かけて、電波の通じない場所でリフレッシュする!これも大事なことなんじゃないかなぁと感じている次第です。
非日常を味わいたい・スリルを感じたい
私が登山を始めったきっかけはまさにこれでした。

とあるブロガーさんの写真を見て、登山をすればこんな景色を見れるんだ!…そんな憧れと未知の場所へと挑戦するというワクワクがあってのことだったと今は感じています。
実際に登山を始めて、剱岳などの難易度の高い山岳に挑戦することもあれば、アルプスにあるキレット部の通過などちょっと危険を感じるような登山道もいくつか歩いてきました。
そういう場所に挑戦する際に感じるドキドキとワクワク。そして、制覇した後にはどのような形式が待っているのだろうか?という気持ちの高鳴りは今でも感じるものであったりします。
こうして、週末に非日常的な場所に行くんだ!…そういう日常とのメリハリも人生においては大事なものなのではないかなぁと感じている次第です。
生きている意味が欲しい
これは少しだけ大袈裟でしょうか?

個人的にはそんなことは無い!…と思っているのですがどうでしょうか…。
人生の目標の一つとして日本百名山制覇を設定されている人も多少はいるんじゃないかなぁと個人的には思っています。
ちなみに、私の場合は、日本百名山の制覇もそうなのですが、いつか自身が登った山からMY100名山を選定して、どこかで発表するぞ!と考えており、目下、それが私の人生における一つの目標になっています。
可能であれば商業出版まで行きたいとは思っているのですが…なかなかハードルが高いのはわかっているので、自費出版、本ブログ、各種SNSなんかで公開できるように、日々、各地の色んな山へと繰り出す毎日を送っています。
こういう目標が一つでもあると人生が輝きだすのは、私自身が知っています。
私のように山に登ることを人生の生きがいにしている方もいると思い、理由の一つとして付け加えさせていただきます。
思い出を作る・残すため
一人であっても、仲間とであっても、家族とであっても、普段の日常とは違う場所で時間を使うということは、心に残る思い出になるのではないでしょうか。

苦労して、感動して、時には失敗もあるかもしれませんが、その一つ一つが大きな財産になると個人的には考えています。
動画サービス、SNS、ソシャゲなどなど…娯楽が溢れかえっている昨今ですが、受動的なモノばかりではなく、能動的に、時には辛い思いをするようなものこそが、後々、振り返っても色あせない思い出になっているのではないかと考えています。
登山は楽な趣味ではありませんし、時にはリスクも付きまとう自己責任な趣味です。
しかし、漫然と楽な娯楽へと流されていくのではなく、計画を練って、挑戦してみて、辛いを思いするからこそ得られる満足というのは、きっと心になるものだと思っています。
そんな登山をこれからも続けていきたいなと考えている次第です(*- -)(*_ _)ペコリ
終わりに(山に登る理由は時と共に変わるもの?)
前述のとおり、私が登山を始めたきっかけは、とあるブロガーさんの記事と写真を見て『登山をすればこんな景色が見れるんだ…。』と言うことがきっかけでした。
その当時は大学に在学中で、山頂から見える景色に憧れて山に登っていたんだと思います。

時は流れて東京での就職を果たしてから
当時は金銭的にも余裕ができて車を購入し、兎にも角にも『日本百名山に全部登るんだ!』という目標のみに突き動かされて登山を行っていました。天候なんかもお構いなしで、台風直前の荒天時であっても、時間の許す限りは山に登り続けているといったストイックさとクレイジーさでした(真似はしないでくださいね…。)
この頃を思い出すと『何が楽しくてあんなことをやっていたのか…』と思うくらいですが、いつしか登山が楽しいものではなくなっていき、暫しの期間は登山と距離を置くこととなります。
その他にも、単純に仕事が忙しくなったこと。
そして、登山仲間とも次第に疎遠になっていったことも理由の一つかなと今では感じています。
結婚・転勤・他界など…一人、また一人と仲間が減っていくことで、寂しいやら、喪失感やら、登山を行うことの理由がなくなってしまったような気がしてしまい、なんだか自身のモチベーション上がらなかったんですよね…。
そういうわけで、二十台の中盤のころに2年間ほどは一切登山をしなかった時期があったわけでございます。
・・・
そうして時は流れて30歳を目前に控えたころ、ふとした瞬間に登山への思いが再燃することになります。
都心のオフィスでいつも通り夜遅くまでパソコンと睨めっこしていた際、ふと、とある思いが頭をよぎったのです。

「俺、自分の人生、全然楽しめて無いんじゃない?」
そういう風に感じるようになってからは、自分の人生を充実に幸せに過ごすにはどうすれば良いのだろうか?ということを考えるようになり、結局、登山しか思い当たるものしかなく、再開と相成ったのでした。
・・・
復帰にあたっては、ブランクもあるのでまずは手ごろな低山からと思い、関東近郊の里山をメインに何度か登山を繰り返しました。
そうしているうちに、低山であっても素晴らしい山がたくさんあることに気付き、百名山だけが登山ではないんだなと思い直し…
そうして現在に至るまでは、少しでも面白そうだなと思う山には片っ端から登ってみるようになり、いろんな山々を紹介できればという思いもあり、本ブログを立ち上げるきっかけとなったのでした。
こうして思い返してみると、人生における年齢、ステージにおいても登山を行う動機も移りゆくものなんだなと思い、こうして記事の執筆に行きついたわけでございます(*- -)(*_ _)ペコリ
・・・
さて、今回の記事では少しでも思い当たる点があれば、漏れなく列挙してみましたが、冒頭記載のとおり人それぞれ山に登る理由はあるのだと思います。
こんな記事であっても、少しでも登山する理由、メリットを考えていただいて、更に登山が盛り上がっていけば良いなと思うばかりです。
理由はどうであれ、これからも登山という文化が風化せず、地域の特色のある山々が廃れて忘れられることがありませんように。
・・・
さて、ここまでご覧いただきまして誠にありがとうございました。
これからも、このような形式で試行錯誤をしながらブログを更新していきたいと考えています。皆様におかれましては、たまにで良いので当ブログを覗いていただけますとこれほど嬉しいことはございません。
最後に…
あなたの登山ライフが素敵なものとなりますように!
それでは。
・・・
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